水道の話

食事も終わったし・・・後片付けがあった。 誰でもそうだと思うが、食事というのは作るのはまだ良いが、片付けは嫌いという人が多いのでは。 片付けは苦手でも汚れた食器などを放置しておくのも嫌なのでさっさとやってしまう。 今日はたいしたものは作っていないので、簡単に片付いてしまう。


水は山の湧き水を組合が貯水池を作り管理している。湧き水を水道として引いているので夏でもかなり冷たい。 真夏でも食器洗いは湯沸し器を使わないと無理だ。水道代は当初いくら使っても、年間3,000円だったがさすがにこれでは貯水池の管理費用も出ないのだろう。 何年か前に、私のように時々来る人は一律にいくら使っても10,000円。これでも都会と比べたら相当に安い。毎週のように来ている人はかなりお得だ。 定住者はメーターで料金が加算される。まあ、これは当たり前のことだと思う。

我が家は水の苦労はしなかったが、管理のゆき届いた分譲別荘地は別にして、別荘地といっても水が引いてない所も結構ある。 この場合、既にある村の水道から引いてもらうか、自分で井戸を掘らなければならない。井戸掘りの費用はバカにならない。電気はかなりの奥地でも 家が建てば供給してくれるが、水はそうはいかない。田舎の不動産を選ぶ場合はまず水が普通に使えるかどうか必ず確認することだ。

一人の夜の楽しみ

食事が終わってもまだ7時ちょっと前。NHKの天気予報とニュースを見る。明日もおおむね良い天気らしい。天気予報の予報ポイントの一番近いのが、諏訪地方の天気。大体諏訪市の天気と同じだが、気温はおおむね3度C〜5度Cくらい低い。

面白いのがニュース。ニュースが面白いと言うより、ローカル局そのものが面白いのだ。 民放の静止画像のCMなど都会ではまず見ることができない。 NHKの7時のニュースも全国版が終わると、 各地のローカル局からのニュースに切り替わる。途中から長野放送局からのニュースに変るのだが、この長野放送局のアナウンサーの方たちがなぜか、 皆チョイ暗い雰囲気。地域によって人の雰囲気が違うのかなぁ・・・などと思ってしまう。

地デジ化以降はテレビが映らなくなった

前項でテレビのことを書いたが、地デジ化以降は我が家はテレビも見られなくなった。なぜかと言えば、わが家は難視区域。 いわゆる電波の状態が悪い。地デジ化推進の人たちも色々調べてくれたが、ここでテレビを見ようとすると、アンテナ工事を しなければならないし、そのためには高い足場を架けなくてはならない。高い足場は費用も高い、やめた。

というわけで、2012年以降、田舎の家はテレビもない、まさにアナログ生活。テレビやインターネットなどの情報は まるで入ってこない原始生活・・・・とまでは言わないが、情報が氾濫している現代生活でひと時の静寂が味わえる場所と言えるかもしれない。

町は音楽の洪水

たいしたニュースもないようだし、今度は楽しい音楽鑑賞の時間。音楽というのもたとえ家族と言えども、聞くときはある程度気を使う。 今日は一人だから、いつでもOKである。自分もそうだが、自分が聞きたくないときに聞かされる、否、聞こえてくる音楽というのは聞き流せる時もあるが、 結構苦痛に感じる時もある。


町へ出かけて一番嫌なのがお店のBGM。繁華街など音楽の洪水である。 なんであんなにどこでもガンガン音楽を鳴らしているのか?スーパーへ行けば、そこのスーパーのイメージソング?のような曲が繰り返し流れている。 これは田舎も都会も同じ。都会の若者向けのアパレル系のお店など、駅ビルなどの通路を挟んで、 違う店がわけのわからんJ.popだのアイドルの曲だのを競っているかのような大音量で音楽を鳴らしている。

音楽を流さないとお店の売上が減るのだろうか?どこのお店でもBGMの流れていない店は皆無と言っていい。 客は皆平気な顔をしているが、麻痺しているのか、音楽が鳴っていたほうが楽しく感じて良いのか、 わからないが、町は音楽垂れ流し状態である。音楽が好きな人ほど聴きたくない時に聴かされる音楽は嫌だと思う人が多いはずである。

音楽の都ウィーンでは

以前、オーストリアのウィーンにきまま旅をして1週間ほど、滞在したことがあったが、街の中はBGMなど流している店は1件もなかった。飲食店やカフェなども音楽が鳴っている店は皆無だったと記憶している。

たまに路上で演奏している若者がいたりするが、あれは聴いてもらうために演奏しているのであってBGMではない。演奏のレベルも高いし、なんといっても生演奏、お店のBGMとは訳が違う。音楽を大事にする国民だからこそ、不要な音楽は騒音になるということをよく知っているのだと思う。


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